10月 09, 2016

「リヒテンシュタイン建国300年を祝う会」発足

リヒテンシュタイン公国(侯国)が誕生したのは1719年1月23日。 従って、2019年には建国300年になります。このため、「リヒテンシュタイン建国300年を祝う会」を発足させました。 ぜひご参加を! 詳細は http://liechtenstein-japan.com/ に 。

5月 18, 2016

日本と友好97年
リヒテンシュタインでコンサート

6月4日(土)の19時30分から、Liechtensteinの首都VaduzのSt.Florian教会でチャリティーコンサートを開催します。パイプオルガン奏者はムリス野田亜希さんで、これは日本とリヒテンシュタインの友好97年記念であり、かつ、日本の駐スイス大使が駐リヒテンシュタイン大使を兼任することになってから20年であることを記念したものです。

主催 若手音楽家育成「アヤメ基金」
協賛 リヒテンシュタイン日本友好協会

3月 13, 2013

観光施設「亀戸梅屋敷」オープン!

名刺

  新しい観光施設「亀戸梅屋敷」がJR亀戸駅の北に3月17にオープン。18日からは水陸両用バスが「亀戸梅屋敷」を発着し、東京スカイツリーとともに下町の新観光名所になりました。
 「亀戸梅屋敷」の諸橋宏館長の名刺の裏には歌川広重の浮世絵「亀戸梅屋鋪」が刷り込まれていて、江戸と東京の融合を目指す意図が分かります(左)。
 亀戸には、佐野味噌醤油株式が扱う梅酒「亀戸梅屋敷」があり(下)、ガラス細工の「江戸切子」もあるので、観光客はお土産に困らないのではないでしょうか。

パンフレット


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2月 25, 2013

亀戸梅屋敷跡とスカイツリー -現代に生きる「亀戸梅屋舗」-

「亀戸梅屋敷跡」の案内板は、JR亀戸駅から明治通りを北上、北十間川に架かる福神橋の手前で左折、浅草通りの左側の歩道を歩いていけばありまます。2月17日に久しぶりに訪れると、浅草通りの両側に紅梅が咲いていました。 江東区役所に陳情して植えていただいたものですが、往時が偲ばれます。

亀戸梅屋敷跡 案内板

亀戸梅屋敷跡 案内板2


北十間川に架かる境橋の向こうは墨田区。橋の上からはスカイツリーが望見でき、咲いている紅白の梅に沿って歩いていけば香取神社。この梅の多くは墨田区役所や花王株式会社に陳情して植えていただいたものです。

紅梅

スカイツリー


香取神社に到達すると、「梅まつり」の最中でした。 辿ってきたコースとは逆に香取神社・亀戸梅屋敷跡・亀戸天神と歩いても、梅と春を十分堪能することができるでしょう。

香取神社

梅まつり


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12月 12, 2009

12月12日は『世界ボクシングの日』

ワン・ツー、ワン・ツーはボクシングの心。世界中のファンは集まって楽しみましょう。

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11月 29, 2009

11月29日は『企業倫理の日』

牛肉偽装は許しません。イイニクの日をしばらくの間、倫理(モラル)確立の日に。

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10月 01, 2009

10月1日は『100円ショップの日』

10月01日と書けば、もうお分かりでしょう。「100円が一番」となります。

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9月 25, 2009

9月25日は『宅配便の日』

ヤマト運輸の宅急便で開花。本来ならば(1976年)1月20日が記念日ですが、黒猫に引っ掛けてこの日に。

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9月 12, 2009

9月12日は『牛丼デー』

昔、正午(12時)を知らせる号砲を「どん」と言ったので、「キュウドン」、すなわち牛丼です。

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9月 10, 2009

9月5日は『携帯電話の日』

090でゴー(始まる)の携帯電話はビジネスのスピードを一挙にアップしました。

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5月 10, 2009

5月10日は『コンタクトレンズの日』

コンタクトの実用化は眼鏡が嫌いな女性には朗報でした。

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5月 08, 2009

災害用バス改造住宅の早期製造を

災害対策と景気刺激策を兼ねた「バス改造住宅」の早期製造を提唱します。台風や地震で家を失った人たちはまず学校や公民館に避難、その後に仮設住宅に移るのが現在の定番になっています。これでは精神的、肉体的な負担が大きいといわざるをえません。この点を解決するには、バスを改造して一家が生活できる移動可能な住宅にし、罹災後に直ちに入居してもらえば、負担はかなり軽減されるでしょう。一県あたり最低20台のバス改造住宅を常備し、かつ病院車や調理専用車、トイレ専用車、浴室専用車なども備えれば、近隣県の協力を得て二、三日で緊急避難村を設置することは可能です。災害対策にも先端技術を投入すべきです。また、通常時には火事で焼け出された家庭にも貸し出せば多くの人たちが助かるのではないでしょうか。今、自動車業界は未曾有の需要減で苦しんでいますが、バス改造住宅の製造に国を挙げて取り組めば自動車業界の救済にもなるでしょう。グリーン・ニューディールよりも投資額が少なく即効性があります。民間からのキャンピングカー提供に頼る時代に終止符を打つために、バス改造住宅の製造をぜひ実行してほしいものです。

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4月 03, 2009

切手 -現代に生きる「亀戸梅屋舗」-

平成20(2008)年8月1日に発行された切手「広重・歌麿・写楽の弐『江戸名所と粋の浮世絵』」の10枚の内の1枚が「亀戸梅屋舗」です。

「亀戸梅屋舗」の切手には上記のほかに、ヒマラヤのブータンで平成2(1990)年に広重の切手が12種セットで発行されていて、そのうちの1枚が「亀戸梅屋舗」です。日本で「平成」と改元されたことに関連、欧米会社の企画で日本美術を取り上げたそうです。


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4月 02, 2009

駅 -現代に生きる「亀戸梅屋舗」-

東京メトロの「錦糸町駅」には改札口正面の壁面と下りホームの壁面に「亀戸梅屋舗」があります。

改札口正面

ホーム壁画

改札口拡大

ホーム拡大

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4月 01, 2009

現代に生きる「亀戸梅屋舗」

歌川広重の名所江戸百景「亀戸梅屋舗」は江戸時代の作品ですが、現代の生活の中に実にうまく溶け込んでいます。この状況を亀戸に住んだことがある一人として順次紹介させていただきます。

3月 24, 2009

駅前交番 -ペデストリアンデッキ学会-


写真8

写真9

立川警察署の北口交番(写真[8])と南口交番もデッキの下になり見つけづらくなりました。この状況で、すぐ目につくのが、立川駅のコンコースにある警視庁鉄道警察隊の立川分駐所です。ここの警察官は街の道案内も熱心にされていますが、鉄道関係の本来業務に就くため分駐所を閉めるときがあり、このときが問題なのです(写真[9]=古い写真)。



写真10

写真11

これを解決するため、警視庁に「分駐所の前に両交番を案内する地図(写真[10])を張っていただけませんか」と手紙を書きましたら、三週間ほどで実現してくださいました。連携強化へ前進です。現在は、分駐所を閉める時間が短縮されて、閉めるときのみ地図をかけるようにしています(写真[11])。将来的には、交番の統廃合も検討しなければならないのではないでしょうか。

以上のほかに、一般的には、デッキの設置で生じる問題には

(1)目立たなくなった地上店舗の救済をどうするか
(2)デッキ下は雨に濡れなくてすむものの薄暗くなるので解決策は?


…があります。
立川のデッキは、設置の歴史からすれば後発組です。それにもかかわらず未解決のソフト面を中心とした問題や弱点が残っているといえましょう。都市間で情報を交換するとともに、新技術の開発が急務でしょう。


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若山牧水の歌碑 -ペデストリアンデッキ学会-


写真6

写真7

事前に歌碑のある位置を大まかな地図で確認、北口の地上を探しましたが、なかなか見つかりませんでした。いつも歩くデッキの斜め下に建立されていたのに、です(写真[6])。 早速、関係者に電話しますと、「『見つけづらい』『文化財だから、目立つ場所に移設すべきだ』との電話があるのです」とのこと。そこで「歌碑の立つ位置にデッキから下りる階段があり、その脇にバス路線を説明する衝立状の案内板が立っています。その余白に『牧水歌碑 この下です』と書いたらいかがですか」と提案、改善していただきました(写真[7])。弥縫策とはいえ金がかからない点はよいのですが、美観を維持するために張り紙がどこまで許されるかを事前に検討しておく必要があるでしょう。


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郵便ポスト -ペデストリアンデッキ学会-

写真3

駅前の一番目立つところにあった郵便ポストがデッキの下となって発見しにくくなってしまいました(写真[3])。これでは、初めて立川駅に降り立った人にはどこにあるかが分からず大弱りです。また、JR立川駅と多摩都市モノレールの立川北駅の間をデッキ上で移動する人にも不便です。


写真4

写真5

関係者に「不便さ解消」を陳情しますと、ポストをデッキの上に設置してくださいました(写真[4][5])。地上から6メートル前後の高さにあり、この高さにあるポストは全国でも珍しいのだそうです。

これから得た教訓は
イ.なるべく公共施設をデッキの下や物陰にしない。
ロ.デッキの形状を設計段階から工夫して、地上の施設がよく見えるようにする。
ハ.地上に下りなくても用が足せるように代替の施設を用意する。


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リヒテンシュタイン学会


2008年秋に首都ファドーツ(ファドゥーツ)
で見かけた牛

リヒテンシュタイン侯国国旗

リヒテンシュタイン侯国はスイスとオーストリアに囲まれたアルプスのミニ国家。大きさを考えるときは、日本の九州をスイス、平戸島をリヒテンシュタインと考えれば、日本人にも理解できるのではないでしょうか。
本会では、リヒテンシュタインについて研究する書物の動向のみを収集したいと思いますのでよろしくお願いいたします。

(1) リヒテンシュタインの憲法(新田隆信著 一粒社)
(2) 誰も書かなかったリヒテンシュタイン(大石昭爾著 サンケイ出版)
(3) ミニ国家・リヒテンシュタイン侯国(植田健嗣著 郁文堂)
(4) 軍隊のない国家 27の国々と人びと(前田 朗著 日本評論社)


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ペデストリアンデッキ学会


写真1

写真2

「ペデストリアンデッキ」―この和製英語を直訳すれば「歩行者用デッキ」、一般には「高架歩道」と訳されています。さらにペデストリアンデッキと歩道橋との差は何かといえば、「広場機能」の有無でしょう。
ペ デストリアンデッキの国内第1号は昭和48(1973)年に千葉県のJR柏駅東口に登場したもので、それ以来、今や全国で百二十カ所以上設置されていま す。ペデストリアンデッキは駅前再開発、ひいては都市再開発の有力な手法として定着したといえるしょう。しかし、問題がないわけではありません。
問題点を東京西部のハブ都市、立川市での例で説明してみましょう。
米 軍基地返還後、発展めざましい立川でデッキが本格開通したのが平成13(2001)年。JR立川駅の地上ホームに降り、階段を上がって東改札口を出て右に 行けば北口、駅の二階フロアが迫り出した状態になっているデッキを歩けば自動車を気にすることなく、伊勢丹や高島屋、パレスホテルに二階から入っていける 仕組みになっています。さらには、オフィスのあるビルにも二階から入れ、一日中、地上に下りることなく仕事に、食事にと過ごすことができます(写真 [1][2]参照)。こんな便利さの中にある不便さを指摘して、これからデッキを建設しようとしている地域の参考にしていただきたいと考えています。ま た、将来はこのホームページを通じて不便解消のアイデアを交換することができればと願っています。

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